我ら秘密探偵団!(仮)

「はあっ、はっ、はっ、なんだあいつ」
「わからない、けどさすがにこの場所はばれないはず」
狭い倉庫で声を荒げているのは不良の要素をかき集めたような茶髪の男とその友人らしき男だった。
「足音が近づいてくる。息を止めないと」
「あ、ああ。わかった」
息をとめてすぐ、土を踏む音がかすかに聞こえた。
そして倉庫を少しだけ通り過ぎてその音は止まった。
男たちは蝶が羽ばたく音すら聞き逃さないほど耳に全神経を集中させていた。
僅かだがそれは聞こえた。
「奴らどこに行ったんでしょうか。え?見失った?
…はい、一旦戻ります」
土を踏む音は再び倉庫を通り過ぎて、今度は止まらずに消えていった。
「こほっ、ごほっ、なんとかなったな」
「しばらくはここにいても大丈夫だろう。
しかし苦しい状況なのは変わらない」
「いや、これはチャンスかもしれない。
今なら奴を後ろから襲える。
やるなら今しかない」
「逃げ切ればどうにかなるだろ。
下手に手を出すよりもそっちのほうが安全だ」
「さっきのは聞こえてただろ?
あいつには仲間がいる。
持久戦に持ち込まれたら不利なのはこっちだ」
「罠じゃないのか」
「あいつならわざわざそんなことしなくてもいいだろ。
奴を見失う前に追うぞ」
茶髪の男は倉庫を飛び出し、もう一人の男もそれに従い倉庫を出た。
外には丸い月が出ていた。



紺の空に輝く月の下で"奴"は中庭で立ち止まっていた。
携帯に耳を当てているようだが、この距離からはその内容は聞こえない。
俺は校舎の裏から様子を伺っていた。
「くそ、腕時計も狂ってる」
時計を見て作戦を立てているのは俺の友人だ。
「勘でいい、三分後にあいつを左から攻撃しろ。
失敗したとしても離脱していい。
さっきの倉庫で集合だ」
「わかった」
俺の友人はそれだけ伝えて校舎を回りこんでいった。
校舎、と表現しているのは比喩や通称、欺瞞ではない。
俺が今現在いるのは夜の学校なのだ。
侵入したわけでも、夜になるまで隠れていたわけでもない。
なぜこんな状況になっているのか…それは少しだけ現実離れした話になる。
遡ること三日。
俺は中学生気分も抜け切らないまま高校の入学式の雰囲気に酔っていた。
そう、ここで余計なことをしなければ俺はまともな生活を送れたはずなのだ。


episode 1
桜の陰で



桜は咲き盛り、道は踏まれて茶色くなった花びらに覆われていた。
「お互い受かってよかったな」
「本当にな。今年も倍率すごかったって聞いたぞ」
ここは下区宇野高校。
自由を重んじているらしく、制服はあるが着る必要はない。
髪の毛の色も余程のことがないかぎり咎められないと聞く。
そして日本国内どこでもウノコーと言うだけで通じるほど有名らしい。
俺はニュースや新聞でその名前を聞いた覚えがないが。
「そういえばこの高校って何が有名なんだ?
普通の高校に見えるんだが」
「えっ、お前そんなことも知らねえの?」
名前しか知らないと前にも言ったはずだ。
この、なんともわざとらしい反応を返す男は阪田はんだ 恭一きょういちだ。
友人として分類していいのか困る程度の仲だが、付き合いは長い。
「そりゃもちろん…おっと、噂をすれば」
曲がり角を曲がって指を指した方向では大きな紙やらプラカードやらを持った男達が騒いでいる。
そのうちの男女混合十数人がこちらに気づき、全力で走ってきた。
「君、野球部に入らないか!!
野球部に入れば魂から鍛え直せるぞ!!」
「テニス部だ!
君もテクニックを磨いてみないか?」
「華道部です、いっしょに和の心を学びましょう!」
「サッカー部はどうですか!!
君のその右脚の力、最大限まで引き出そうぜ!」
「茶道部です。正しい作法で茶を…」
「合唱部に入りなさい!今なら…」
「君の感性を美術に使ってみたくない?これから…」
なるほど、この高校は部活で有名らしい。
今思い返すと入り口のところに大会で優勝したとかいう垂れ幕がいくつもかかっていた。
あれだけあるとありがたみも無くなる。
「あの、部活に入る気はないんですが」
「いや、もったいないよ!映画部入らない?映画部いいよ、気楽だよ」
「動物好き?動物触れる部活に入りたくない?」
「将棋部なら毎日来なくてもいいから来ないか」
「それより囲碁をだな…」
「切手に興味ない?」
「ねえ、野菜好き?野菜だよ、野菜!野菜作れるよ」
熱意は伝わったから耳元で叫ぶのは勘弁してほしい。
なんとか押しのけて逃げても、部活勧誘集団の列はまだ続いていた。
部活地獄が終わった時、阪田は俺の横から消えていた。



「ほら、もう入学式終わっちゃったっぽいよ!
急がないと新入部員とられちゃう!」
「部長、はー、はー、もう走れないです」
部長と呼ばれているのは二年生の女性だ。
「…今度からランニングを部活に組み込もうかな」
全く乱れていない息を吐いてそう呟く。
「あのー、すみません」
「はい?」
突然声を掛けてきたのは阪田だ。
「二年生の方ですよね?
人を探してるんですが…背の高くて髪の毛爆発してる人見かけませんでしたか」
「なんていうの?」
「えっと、高山です」
「そうじゃなくて、君の名前」
「あ、すみません。
僕は阪田っていいます」
「それじゃあ阪田くん、その探してる彼の場所って予想できる?」
「部活勧誘にうんざりしていたので、静かなところにいるかもしれませんが…
学校の構造がまだよくわからなくて」
「なるほど。それじゃ一番可能性が高いところに行きましょうか。こっちよ」
「あの、部長。部活勧誘は?」
「先いってて。どうせあんた走れないでしょ?」
「まあそうですが…」
部長と呼ばれる女性はそのまま阪田を連れて行った。
「部長元気だな…」
残された男の口からはそんな音が出た。



クレームに似た愚痴を聞かされる店員というのはこういう気持ちなのかもしれない。
若干問題はあるのだが、時間がいずれ解決する。
困っているというよりかは面倒だ。
有名校と聞き、その広さは薄々わかっていたつもりだった。
人の流れから外れてよいものか少し不安になっていた節もある。
それでも自分の方向感覚が優れていることを疑わなかったのが最大の原因だろう。
この年齢になって断言するのは少し恥ずかしいことだが。
迷った。
来た方向すらわからなくなっていることに気づいたのがさっきのこと。
考えたからといってどうしようもないので今はとにかく散策しているところだ。
「…だろうが!…」
何か聞こえてくる。
怒号のようにも聞こえるが、誰かしら説教でもされているのか?
それならそれで一段落ついてから道を聞こう。
俺は早く家に帰りたいんだ。
声は建物の裏から聞こえている。
「わかったらとっとと言えやオラ」
「また蹴られてえのか?あぁ?」
そんな声が聞こえて一歩。
そこで俺の足は止まった。
カツアゲだ。
それも古典的な。
間違いない。
本来踵を返して何事もなかったかのようにさっきまでの作業に戻るべきだったんだろう。
しかし、この時ばかりは自分の中の好奇心が他の感情を蝕んでまで成長していくのを感じた。
何について"言え"と命令しているのか。
一体どんな男が不良らを困らせているのか。
なぜこんな場所で、こんな時に恐喝しているのか。
その全てを知らずにはいられなかった。
足元の草が立てる音に気をつけながら。
まるで自分がスパイにでもなっているような錯覚に陥っていた。
しかし屋外機に身を潜ませそこから見えた光景は
それまでに抱いていた理想を全て裏切るようなものだった。
男二人は睨んでいた。
相手を威嚇するように、怖がらせるように。
取り囲んでいたのは…頭を押さえ、怯える女の子だった。
そして、女の子の方に歩みより、右足を引いた。
「やめろ!!」
今のは…きっと自分が言ったのだろう。
不良たちはこちらを見て少し驚いたような顔をする。
しかし、いるのがばれたことは最早気にならなかった。
それから自分が口にしたことはあまり覚えていない。



体が重い。
足は動かない。
指を曲げているつもりでも、その感覚が自分のところまで届いてこない。
不良はどこにいった?
足音が近づく。
また殴られるのか?
足音は近くで止まる。
「馬鹿だなあ、ごめんね、ありがとう。」
自分に触れたのは不良の堅く荒々しい手ではなく、やわらかく、暖かい手だった。
ぼくは痛みからか、気を失ってしまった。



「…こういう人はなかなかいないからね」
「はい、どうぞお願いします」
ぼく…いや、俺はいまどこにいる?
天井は白い。
まさか病院?
上半身はかろうじて動くようだ。
腕は…右腕なら。
「う痛っ…」
腰と関節が痛む。
「あらあら、もう起きたの?
若いコは丈夫でいいわねえ」
そうしゃべりながらやってきたのは、いかにもおばちゃんという感じの人だった。
「すみません、ここってもしかして病院ですか?」
「うふふ、ここは保健室よ。
心配しないで、軽い打撲だから病院にいく必要はないわ。
体が動くなら帰ってもらってもいい」
「まだ、足がうまく動かないのでもうしばらく休みます」
「そう?それよりも、入学して早々災難だったわね。
女のコから聞いたわあ。
男前ね、惚れちゃいそう」
おばちゃんはずっとニコニコとしていたが、こっちはそうですね、と返せるほど
気楽な状況でもないのだった。
他人をかばうためとはいえ、校内で殴り合いの喧嘩をしたんだ。
何らかの処分があったとしたら笑えない。
「そんな怖い顔しなくても大丈夫よ」
顔に出ていたのだろうか。
「ここの学校の部活が多いのは知ってるわよね?
そのせいで結構怪我とかが多いんだけど、
そのおかげで原因さえわかってれば案外融通が効くのよ。
私は理由知ってるからちゃんと弁護してあげるワ」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、安静にしときなさい。
親には石で転んで堀に落ちて全身を打ったって言っとくから」
気が緩んだのか、横になると意識はあっというまに遠ざかっていった。


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