我ら秘密探偵団!(仮)

結局あのあと特に変わったことはなかった。
阪田は放送で呼び出しでもされたのか、お見舞いに来て帰ったらしい。
そのとき寝ていたために顔は合わせていないが、
どうせ後日そのことでいじられるだろう。
早く高校で他人をいじったりしない友人を探さないとな。
「うー、いてて」
それで今は、浴槽を洗っているところだ。
母はパート先の飲み会、父は確か南米のほうへ出張している。
そして自分には兄弟も姉妹もいない。
自宅に一人という状況は仕方がないとはいえ、
風呂に入るため俺は自分の体に鞭打つことになったのだ。
体のどこかが動かないというわけではないが、痛い。
こういう時になると、弟やら妹やらがいる家庭が羨ましく感じる。
フィクション作品にありがちな空から女の子が降ってくるというのも
羨ましく感じてしまうのは異常だろうか。
まあ、急に来られても現実世界だと面倒なことになりそうだとも思う。
「さーて、あとはお湯はりだ」
寂しさのせいか、独り言も出る。
しかしこうでもしなければ、風呂沸かし器の電子音が虚しく響いてしまうのだ。
「ピッ、お湯はりをします」



笑みを奥に隠した偉そうな人が取り仕切っている。
「では専門家の方に聞いてみましょう」
「犯罪心理学のレジェンド、胡桃 京介氏はこう語る――」
「この事件は今までにない犯行の手順を辿っています、
爆発時刻は午後五時ごろですがその時刻には学校から下校してくる学生が多く
目撃されやすくなってしまいます。
そのため犯人はよほど自信があるか、愉快犯であると考えています」
「物騒な世の中になりましたねえ」
「そうですね、ついこの前も…」
風呂沸かし器が仕事の完了を伝えるまでの時間は案外長い。
その時間を以下に潰すかは一つの課題でもある。
テレビを見たところでどの局も同じような事件の同じような特集をしているだけだった。
その事件というのが思いの外近所で起きた爆発事件だった。
俺の情報が遅いのか、全く知らなかった。
爆発があったなら何かしら話題になって情報が入って来そうなものだが。
「ピロリ―」
この壊れたオルゴールみたいな音は、きっとお風呂が湧いた時の通知音なのだろう。
年々スピーカーが壊れてきている。
「一応確かめとくか」
家に誰もいないことと、うまく暇な時間が潰せなかったこともあり自分の独り言に磨きがかかる。
居間と更衣室を仕切る戸を開けるとそこには…
「あ、あのすみません、ここ、どこですか」
裸の女の子がいた。



episode 2
非日常への入り口



彼女は美少女というべき存在だった。
その顔を見た彼の反応からわかる通り、特に彼の好みに完全に合致している。
暗い茶色の髪は少しだけ肩にかかっている。
そしてその肩に布は掛かっていない。
肩の下は…言うまでもないだろう。
そしてその光景は年頃の男子の思考を停止させるのに十分だった。
「あ、あの?大丈夫」
しかし、その一言で彼の視界は楽園から舞い戻る。
彼は咄嗟に体ごと目を逸らした。
「あれ、あの、どこかに行かないで」
理性を以って対応しなければならない。
そのような紳士でありたいと思い出すのに時間は要したが、
彼は混乱する頭からこの言葉を捻りだすのが精一杯だった。
「服を…着てください」



「わーっ、立派な部屋だ」
二階にある俺の部屋は相変わらず荒れている。
丈の合わないパジャマを着てはしゃいでいるのは名前も知らない同年代の女の子だ。
よもやこんな日が来るとは。
散々暴れまわっていた感情は落ち着き始め、考えもまとまってくるようになった。
それにつれ、自分が面倒な状況に立たされていることに気がついてきた。
なぜ侵入された?
母に見られたらどう弁解する?
そもそもこれは誘拐になってしまうのか?
どうであれ、事情を一通り聞いたら家に帰すのがいいだろう。
「聞きたいことはいろいろあるんですが…」
相手は不思議そうな顔をする。
「どうやってここに入ったんですか?」
しばらく空を見つめたあと、軽く首をかしげながらこう口を開く。
「気がついたらここにいて…」
「じゃあその前はどこにいたんですか」
「わかんない…」
電波か?
電波女なのか?
何も答えない理由として予想できるのは三通り。
一、ストーカーや盗みなど言えない事情で入った
二、酔っ払ってる
三、記憶喪失
「じゃあいいや、帰ってくれて」
ここで一ならそのまま帰ってくれるだろう。
「私…家の場所も思い出せないの」
まさかの返答。
なら一ではない。
三…ではないと信じたい。
二だよな?
頬も紅潮しているように見える。
口調は素面っぽいがきっと酔っても口調が変わりにくい人なんだろう。
年代も自分と同じぐらいに見えるがきっと成年なのだろう。
こういうのは警察に任せるべきか?
そう思い、携帯を取り出すと丁度誰かから着信があった。
この番号は…お母さんか。
「ちょっとこの部屋で待っててください」
それだけ告げ俺は廊下に出たが、そこで聞かされたのは
まるでゲームやアニメのような都合のいい展開だった。



「もしもし、息子さんだよね?」
呼び出し音が消えて次に聞こえたのは騒がしい雑音の中で話す
知らない男性の声だ。
そのトーンからなんとなく疲れている様子が感じ取れる。
「…どなたでしょうか」
「ごめんごめん、君のお母さんの同僚だよ」
「あートウ君?元気してるー」
母はその同僚のすぐ近くにいるのか、かなり大きい声が聞こえる。
トウ君、とは俺のことだがこの呼び方をするときは大体酒を飲んだあとだ。
「まあ今聞こえた通り君のお母さんがベロベロに酔っ払ってて。
足取りも危なっかしいし、電車に乗せても寝ちゃいそうだから
うちに泊めていくことになったんだ」
「もーぶじにかえれるっていってるのにぃー、へへへー」
「翌朝には帰れるようにするから、それまで晩ごはんとかは任せることになるけどいいかな」
「大丈夫です、よくあることなんで用意はしてあります」
「トウ君さびしくないー?おかーさんしんぱいよぉー」
「じゃあそういうことだから、ごめんね」
「なにをあやまってんのよぉー、ほーらーこっちむいてよー」
「あっ、ちょっとまだ通話中なんですが」
風を切る音がする。
名前は知らないが母の絡み酒は相当なものだ。
「ご愁傷様です」
相手がいない通話をそう締めくくり、俺は携帯を閉じた。



「誰と話してたの?」
「母の同僚とです。
電話が掛かって来て…」
「デンワってなんですか?」
「…それより気持ちは落ち着きましたか」
そうは言うものの、動揺しているのは俺の方だろう。
「頑張って色々なことを思い出そうとしたけど何も思い出せないの。」
彼女は弱々しくそう答えるばかりであった。
とても今更だが。
母と会話を交わしてわかった。
この子は酔っ払っているわけではない。
そもそも記憶が曖昧になるほど飲んでいるならこんなに真っ当な会話はできないはずだ。
しかも、電話がわからないらしい。
となると…やはり…
「やっぱり私、記憶喪失みたい。」



認めざるを得ないのだろうか。
様々な仮説をたて、検証してみたが自分の中でこれ以上にしっくりくる理由はない。
嘘をついている様子もない。
疑いようがない。
何より、まだ考える余地があったとしても
目の前の女性を根拠なく疑うことは自身の主義が許さない。
俺は、暫定的なものだといって自身の猜疑心をなだめ、
相手の言うことを信用することにした。
「でもね、私、きみと一緒にいたいんだ。
…変かな?」
そのとき電話は着信を知らせて震えた。
この番号は…母だ。
「…何」
「トウ君~?
げんきぃ~?
さびしくないー?
こっちはげんきよぉー」
「大丈夫だって、慣れてるから」
「何と話してるの?」
会話に入って来たのは今さっきまで話していた少女だ。
「あら~かわいいこえがきこえるわね~
かわいこちゃんがいるんだったらしんぱいないわ~
きくだけやぼだったわぁー」
「あの、お母さん?
違うから」
「カノジョさんによろしくー」
「ちょっと、違」
「ツー、ツー」
「ねえ、今のどうやって話してたの?」
無垢な少女は問う。
しかし俺はそれに答える余裕などなかった。
「誤解だああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


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