我ら秘密探偵団!(仮)

「私――思い出したの」
少女はそっと囁きながら振り向いた。
俺はさっきまでとはまるで違う印象を少女に抱いていた。
大人びていながら、どこか神秘的な雰囲気を感じていた。
それは月が紅く輝いていたからか。
それとも辺りに漂う妖気のせいか。
いや、きっと彼女のその表情を見たせいだろう。



episode 3
少女の意味



俺は、散々叫び疲れた後、ただただ自室のベットに突っ伏しているだけだった。
そして彼女…名前がわからない少女は携帯電話と名のついた忌々しい箱を弄り回している。
「へー、おもしろいね、これ」
彼女の瞳はサンタクロースを待つ子供のような輝きかたをしていた。
「そういえばさっきトウ君って言われてたけどキミのこと?」
…どうして聞こえた?
「…はい」
どれだけ耳がよければ聞こえるものなんだろうか。
通話相手の声が携帯から離れていても聞こえるというのは尋常じゃない。
「へぇー、トウ君かー」
それからも彼女は飽きずに携帯のボタンを触り続けていた。



時計の針は7のところで重なっていた。
そういえばこの子はどうするべきなんだろうか。
今更ながらそんな問題を思い出していたころだ。
「こうしたら声が聞こえるの?」
そう言って彼女は電話を耳に押さえつけている。
「いや、それだけじゃ音は出ない」
「?」
丁寧語を使うのすら面倒になっていた俺にとって、
電話を知らない人に一から電話というものの概念を説明するのは重労働すぎた。
「ちょっと待ってろ」
俺は階段を体が痛い人相応に下り、自宅の固定電話から自分の携帯にかける。
「…そういえば取り方教えてなかったな」
「あれ、なんか変わった」
「もしもし?」
「あっ、すごーい、聞こえる!」
「これってどういうしくみなの?」
「信号ってわかるか?」
「あの色々な色に変わるもの?」
「えーっとだな…」



結局電話の概念を説明することになり、適当に通話を終え、また階段を上がり、
移動というけが人にとっての重労働を終えた俺は息を荒らしながら部屋に戻った。
時計の短針は9という文字にかかろうかとしていた。
「ピンポーン」
少女は携帯を覗き込むが、それが間違っていると気がつくのは案外早かった。
「これって何の音?」
ドアベルの概念も説明するのはさすがに避けたい。
俺は黙ってインターホンを取った。
「夜分遅くに失礼します、今日のことでお聞きしたいことがあるのですが…」
聞こえてきたのは知らない男の声…なはずだった。
しかし、どこかで聞いたことのあるような気もする。
インターホンには顔が映っていなかった。
相当背が高いのだろう。
「どういうご用件でしょうか?」
「渡したいものもありますので、ぜひ立ち会ってお話したいと思っています」
なんとなく胡散臭い。
今日の件、というからには学校関係者だとは思うのだが、
それを装った詐欺団体かもしれない。
しかし、怪しいながらも重要な話だったら困る。
俺はまた階下まで降りて玄関まで出向くことになった。



「はい、お待たせしました」
そう言いながら目に入ったのは…
「今日の昼ごろは失礼しました。
後先考えずに行動して…」
ああ、学校で怒鳴っていた不良二人だ。
話しているのは賢そうなほう。
もう一人は下を向いて黙っている。
「これ、菓子折りです」
「あ、あぁご丁寧にありがとうございます」
礼儀上そういうことを言っておきながら俺は奴らに歩み寄った。
そしてその菓子折りに手を触れた瞬間、
頭に強い刺激を受けた。



「この野郎まだ起きねえのか」
「どうしますか」
「水でもかけてやれ」
頭の輪郭が曖昧なまま俺の意識ははっきりとしてきた。
左手が動かない。
「起きたか」
焦点が合わない。
自分に対して唾を吐きかけて侮辱しているのは背の高い男だった。
それと他に何人も仲間らしい男がいる。
「ここはどこだ、何のために」
かろうじて口は動いた。
「えひゃひゃひゃひゃ」
不快な笑い声はこだまする。
「ここは廃工場だよ、誰も来ねえ」
不良の言うとおり、不良が口を閉じると周りは完全な沈黙に包まれた。
「とりあえず前の続きだ」
不良は右脚を振り上げる。
俺は目をつぶった。



「何してるの」
場違いな高い声。
しかしその声には畏縮してしまうほどの凄みがあった。
「お前どうやってここに入ったんだ」
そうだ、何故お前がここにいる?
目を開けたとき、俺をかばうようにして立っていたのは記憶喪失の少女だった。
「おら、そこどけや」
不良たちは目の前で起きたことに少したじろぎながらも、威勢よく威嚇する。
「ゆるさない」
少女はそう呟き、手を宙にかざした。
その時見たことは本当に現実だったんだろうか。
手の周りには幾何学模様ができ、真正面にいる不良を宙に飛ばした。
「ひっ、なんだあれ」
不良たちは後ずさりを始め、一人の不良が腰を抜かしたのをきっかけに走って逃げ出した。
しかし彼女は一人残さず未知の攻撃によって仕留めた。
まさか殺したんじゃないだろうな?
そのことについては案外あっさり解決する。
不良たちは寝息を立てていた。



「私――思い出したの」
少女はそっと囁きながら振り向いた。
「あなたを守るために私はいるんだって」
しかし、表情は晴れやかではなかった。
どこか切なく、物悲しそうだった。
「すぐに…来れなくてごめんね」
そんなことはない。
「すぐに気付けなくてごめん」
お前は悪くない。
「私のせいで…」
「そんなことない」
俺は、腹の力を振り絞ってその言葉を発した。
「ありがとう、ありがとう…」
少女は…涙を流していた。
「よかったら"私"とまた仲良くしてね」
どういう意味だ、そう言おうとしたが、ついにその言葉は喉から出なかった。
「ありがとう…ごめんね」
最後に見たのは青く鮮やかな幾何学模様だった。






「ピピピピピ、朝です朝です、ピピピピピ、朝で」
目覚まし時計は六時半を知らせる。
目を細めながら、なぜか開けたままだったカーテンを閉め、何も考えずに階段を降りる。
排泄を済ませ、母がいないことに気づいてから卵を使った料理を作る。
飛び散る油をうざったく思いながら皿におかずを盛り付け、冷凍したご飯を解凍する。
そして固いご飯とやわらかい卵を咀嚼しながら初めて僕は思い出す。
昨夜あったはずの出来事を。
空想のような実体験を。
非現実的な現実を。
箸を置き、あの少女を探す。
しかし家のどこにもいない。
痕跡を探す。
しかし、何も見つからない。
パジャマは全ていつもの場所にある。
昨日着ていた服はくしゃくしゃになっているだけ。
結局何一つ昨日あったことの証拠はつかめなかった。
証拠探しは諦めた。
しかし昨日の不良たちはどうか。
登校中、昨日出会ったはずの不良と目があったが、何も言われなかった。
そのうち昨日あったことが信じられなくなってきて、あの記憶は忘れることにした。



家の、自分の部屋のカーテンは閉まったままだ。


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